書生のびのお店番日誌

書生のびによる、人生行路観察記

「あなたは最高」第13話(全20話)

  キムは煙草を灰皿に押し付け、ぐしゃぐしゃ揉み消した。


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 「ああ、うるさいったらありゃしない。もう磨り減りそうって時に」

桔梗は黙って次の言葉を待った。

  「知ってるんでしょう?きっとアリーから聞いてるはずよ。ーあたし、ここのところ彼とうまくいってないのよ。もう、全然だめ。おしまいよ」

 

   なおも桔梗は黙って聞いて、聞いているうちに、どうもこの友人は長らくー、ずっと長らくの間、自らのこの話題に、決して自尊心を傷つけてこない、従順で人畜無害、かつ熱心な聞き手の登場を待ち焦がれていたことを識った。


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   その点に於いて、桔梗は聞き手として及第点だった。

   

   面持ち険しく、口調はぶっきらぼう、暗い眼窩を光らせて、キムは恋の辛抱について、果ては母親との軋轢による諸々の苦労についてまでを語り始めたのだった。長い話だったが、桔梗は耳を傾けること厭わなかった。

 

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   彼女のボーイフレンドは、互い幼少期を共に過ごし、高校まで一緒に育った仲であった。キムの母親と彼の母親は、それこそ友人だったが、あるとき仲違いして、険悪になってしまった。
  成長し、恋人同士になると、母達は若い2人を引き離すべく、手段を選ぼうとはしなかった。

   ボーイフレンドは遠くへと転校させられ、寄宿舎暮らしとなり、キムはキムで、母親の選んで来た薄気味悪い中年男に引き合わされて、勝手に恋仲を仕立て上げられてしまった。

 


   「後で知ったけれど、あの2人はお金でもめてたのよ。ショックだったわ」


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  キムは次の煙草に火をつけた。フーッと吐いて、桔梗も神妙にコーヒーを啜った。

 

   「…だから、少し経って家出したわ。彼はメルボルンにいたけど、東京に行くつもりだって言うから、それを目標に貯金したの。大学は諦めて、とにかく彼と、一緒に逃げ出したかった」

 


(第14話へつづく)