伝書鳩をサボっている事が藤枝にバレた暁には、ネチネチ嫌味を浴びせられること違いない。恨みつらみの面倒なシナリオが確実に待っている。 回避するにはもう、今晩渡すしか無い。腹をくくった桔梗はええいとアリーを食事に誘った。 ハーマンは8時に戻った…
アリーは、その後しばらく仕事にもつかず、療養生活を送っていた。 近況を知った年かさの幼馴染みが、ある日連絡を寄越したことから、彼女の東京生活が始まるキッカケが生まれた。 誘い主は、現在もBooks Yumejiで働くキムであった。 彼女は危ういアリーの精…
アリーと、脳に障害のある八つ違いの弟は母の連れ子である。母親の再婚により、腹違いの兄と姉を持つことになった。 しかしながら彼女の大学進学と同時に一家は離散し、唯一、弟だけそばに残った。家族関係はもう随分むかしからギクシャクしていた。 障害を…
「いい返事が来るといいね」 ここは努めて年長者らしく振舞おうとした。 「藤枝君は頭がいいからアレコレ先読みするのだろうけど、成るように成るよ。無理にとは言わないけれど、ここはドンと構えて...」 桔梗は結局自分もまた緊張しているのであった。気ま…
「やはり桔梗さん位しか頼る当てが無いんですよ。そこで僕はですね、止む無く桔梗さんにお願いしようと思うわけです」 藤枝は偉く深刻な面持ちでそんな風を言った。 嫌な予感に身構え、もしやいよいよおかしな宗教とか、後頭部の打撲だとかの話が現実に始ま…
向かいのコーヒー店は思いがけず混雑していた。 戻ると藤枝が本の山の解体に未だ燃えており、今朝から続く彼の不機嫌はいささか度を過ぎている。 (一生不機嫌を決め込むのだろう。何とも気疲れだ) 今後を憂い、コーヒー片手、雨傘をたたむのも憂鬱に感じる有…
下手な気遣いにヘソを曲げた藤枝は、本日も無言を通す気でいるらしかった。 返す返事には、プライドを傷つけられたことへの憤怒が色濃く滲み出て、気まずいこの雰囲気に彼女はスッカリ神経を削らせてしまった。 ー午前中からこの調子だ。あんまりじゃないか…
五月の終わりから次第天候は曇りがちで、ハラハラ小雨の降る事があった。止んだり降ったりしていたが、六月に入ると毎日傘が要るようになった。空気がだんだんに重くジットリし始めて、まるでそういう肌着を一枚余計に纏って暮らしているような気分であった…
しばらくすると、商店街が姿を現わす。 昔からの学生向け古書店が軒を並べ、定食屋なども多い。ヴィンテージ品を売る店もまた連なって、新旧織り交ぜの店々がそれぞれの商売に勤しむ。何と無くざっくばらんで、うるさくない。 お客達はみな、遠慮の無い買い…
「どうです。いかがしましょう」 出だし威勢が良い。桔梗は迷った。悩むうち、がんじがらめになったわけだが、ジェラート屋はと言うと、これが身じろぎもせず、銅像の体で注文を待っているのである。指先すら動かそうとしない。 抹茶味を選んだ。相手はニッ…
半ばヤケッパチで放った桔梗の言葉を、湘子は勘違いして薬依存の克服の気概と受け取ったようだった。 肩をポンポン叩き励ますものだから、反駁するにもできず仕舞で、桔梗は笑顔の湘子に見送られてカフェNo.33を後にすることになってしまった。 ーへんな一日…
蜜月みたいな読書時間を、過ごすはずだった。 ところがろくでもないのである。ああ、馬鹿だ、馬鹿だ。馬鹿な読書だ。馬鹿な神経だ。 桔梗は厳しい表情でさらに考えた。暗い考えばかりがこんこんと湧き始めた。 ....この読書が無駄になったとすると、その後、…
徐々に客の入りが増えて、カフェNo.33はようやく稼働らしい稼働を始めた。 時刻は午後三時、おしゃべり目的の近隣の主婦一群が現れたのを皮切りに、大学生、アルバイト前のフリーターなど比較的若い世代が来店、このあたりはノートを広げるか週刊誌を広げる…
「キキちゃんみたいなアイスコーヒー党には堪らないはずだからね。まずお客さんはサイズ感にウットリ、次に冷え冷えコーヒーにウットリ、飲み干したらああ美味かったとウットリして欲しいのだ。どうだろうキキちゃん、ひとつ、ゆっくりして行きなよ。僕は何…
喫煙席の二組の客もまた、桔梗と同じ量分の暇を持て余してか暢気に喫んでいる。 No.33では混雑の如何にかかわらず、誰もが悠々自適、ごろ寝でも出来そうであった。店主の三千雄をはじめ、ここには咎める者も無ければ急かす者もない。 ようやく心が、あるべき…
自由に憧れ自由を求め、しかし心根の不安が決してそうはさせてくれない桔梗にとって、この従兄は叶えられない夢の体現者である。 窓越しに覗くと、どうやら店内は比較的空いているようで、奥の厨房には三千雄の姿が見え隠れしていたが、どうも調理というより…
故に、カフェ自体も店主の個性を受け継ぎ、老若男女奇人変人、どんな客であろうと大歓迎なのであった。 アパートからNo.33のある廻田までは二駅分あったが、桔梗は台風でも無い限りこの距離を自転車走行した。何せ稼ぎが少ない。自転車は桔梗のアシであり、…
今日こそはあの本を読むのだ。 せっせとペダルを漕ぎながら、桔梗はしばらくご無沙汰の小説を思った。それはかれこれ二週間前に借りた本で、読もう読もうと念じ、しかしながら読む機会を設けられなかった本だった。 図書館で手に取った時の高揚は素晴らしか…
快晴、程よい風。理想的な五月晴れである。 まったく、こんな気分の回復が待っていたとは手持ち無沙汰にも案外希望が持てる。 ーそう思った途端、桔梗は急に調子付いて、もう口笛など吹いているのである。 フフフ、乱反射の陽光と来ればお気に入りのサングラ…
...七十過ぎの婆さんで、性根全体が度を過ぎるお節介、何かと口喧しく言ってくる。オンボロアパートにはもはや桔梗ともう二世帯の住人を残すのみ、あとは空部屋状態がずっとだ。半年に一度は新たな入居者もあったが、婆さんのお節介の猛襲に耐え切れず、また…
しかしながら、思案して、いい考えが浮かぼうものの、これはこうだからああだからと逐一理由を連ねるせいでどうにも腹が決まらない。抑うつ神経症者の多分にもれず、桔梗は意欲に乏しく、趣味に乏しく、何より判断力、実行力に乏しい。つまりは優柔不断、日…
....いやしかし、何とも見事に晴れわたったものだ。 桔梗は独語し、眼鏡をごしごし拭いてやった。朗々と輝く空を仰いだ。不穏なイメージの支配下で迎える朝ですら、新しい朝、新しい思考が廻る1日は幸福にもピカンと始まるわけで、そのことに勇気づけられた…
湯を沸かし、寝惚け眼をゴシゴシ擦りながらコーヒーを淹れた。午前6時半の台所。偶然の早起きを、桔梗は大げさに喜んでいた。 小人族のためのような台所であった。キッチンテーブルを置くスペースは、どういうわけかある。 桔梗は窮屈な棚から赤いネスカフ…
目覚めの朧さが、事のすべて暗示のようで、もう桔梗は布団の外が怖いのだった。外側では色々が既に始まっていた。カーテンの向こうには晴れの朝がつるりと鮮度よく用意され、少し離れた環状七号線からはトラックだのバイクだの、ゴウゴウぶうんの轟きが鮮や…
初めまして。書生をしてます、のびと申します。とは言っても自称であります。国立本店なる場所で、よく火曜日に店番している者です。金がなく時間ばかりがありあまっているのです。 さて、ブログ開設してみましたが、何書けば良いのかサッパリです。あわあわ…